デリヘル電話番のお仕事

元編集者がひょんなことからデリヘル店の電話番に。そこで知ったデリヘル店のいろいろなこと

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栄町のデリヘルの電話番を始めたきっかけ

「栄町でデリヘルの電話番をしてみない?」
そんな電話がかかってきたのは、転職活動がうまくいかず雇用保険の受給期間も切れ、仕方なく居酒屋でアルバイトをしていたときだった。

そもそも僕は居酒屋でアルバイトをする前は、風俗関係の情報誌やエロ本を作る出版社で編集者として働いていた。しかし会社の上層部の放漫経営、折からの出版不況などが重なり会社は倒産。30代半ばにして無職になってしまったのである。
会社都合による失職ということで雇用保険は申請後翌月から支給。半年の生活費の目処が立った僕は、次はもっと堅そうな出版社、編集社に勤めよう、その心に決め就職活動を始めた。しかし…。
出版不況、職歴はエロ系雑誌の編集のみ、そしてなにより営業畑で育ってきたせいか自分の力不足。次の仕事が決まらない。あっという間に雇用保険受給の半年という期限は切れ僕はフリーターとして居酒屋で働くことになった。

しかしその居酒屋では先輩の大学生アルバイトたちが幅をきかせいた。
「太郎さん(僕の名前である)、皿洗っておいてください」
「太郎さん、ゴミ出しといて」
「オイ! 早くドリンク持って行けよ!」
もちろんそこでは僕が一番新しいからこき使われるのは仕方ない。でも働いているのは僕とあとひとりふたり。大学生アルバイトの一団は雑談したり、厨房でスマホをいじったり、店長がいないときはやりたい放題。そんな彼らの姿を横目で見ながら、それでも生活費を稼ぐため、そう割り切り日々を過ごしていた。

そんなある日、倒産した出版社の元同僚のMから電話がかかってきたのである。
「自分が今働いている栄町のデリヘル店の電話番をしてくれる人を探しているけど、やってみる?」と。

Mと栄町のそのデリヘル店のオーナーは出版社時代からの知り合い。会社倒産後、そのオーナー直々にMに「店の手伝ってくれないか」と誘われたそうだ。
そういった経緯で実際に店で電話番をしていたMがオーナーから「他にも知り合いで電話番できる人間は知らないか?」と尋ねられ僕に電話をしてきてくれたのだ。
僕は「する!」、そう即答していた。居酒屋のアルバイトに疲弊しきっていたのだ。

それから約一年間に僕は「デリヘル電話番」としての生活が始まったのであった。
千葉の繁華街で遊ぶなら栄町のデリヘル風俗情報が一番楽しめます。

人間の人生、小さなところから大きなものまで様々な転機が訪れるものです。小さいことから言えば、今日の昼飯何にしようから始まり、シャツを新調しようと真っ白にするかアイボリーにするのか、はたまたうっすらとストライプが入ったものにしようか。
大きな転機とすれば長く生きていればいるほどその壁にぶちあたる人は多いのではないだろうか。
例えば、高校進学にするか中卒で堅気一本でやっていくのか。進学にするにしても高校なんていくつもあるし、就職するにしたって企業は大小含めても星の数ほどある。自分で起業、なんて人もいるだろう。

僕の場合、久々に訪れたこの大きな転機ともいえる電話番の仕事は今後の自分の人生に少しでも役に立つのではないだろうか。誰もが進んでやりたがる仕事かと聞かれると必ずしもYESとは答え難い。だが、そんなマイナーとも言える仕事でどこまで自分がやれるのか、一種の挑戦だとも思えば次の瞬間には『やろう!!』という強い意識が芽生えたのです。
誰もが知っている世界でないからこそ飛び込んでみて初めて風俗業で働く側の、努力や苦労や楽しさをも知り得ることなのだと思います。きっと皆さんが想像しているよりもいろんな意味で、はるかにぶっ飛んだ世界であることはまちがいないでしょう。

公開日:
最終更新日:2016/05/25